たぶん、この人にはわたしが考えてることなんて筒抜けで、何が欲しいのか、何がしたいのかなんて、全部わかっちゃってるんだ。
年下のくせに。
年下のくせに。
たまに随分大人びて見えてしまうから吃驚する。

追いつけていないのはきっとわたしの方なのだ。















追いかけっこ








手のひらから静かに染み込んでいく暖かさとガサガサした感触に、今わたしは幸せを感じている。


「ふふふ」
「…何笑ってんスか?」
「楽しいなあと思って」
「手、繋いでるだけっスよ」
「うん」


いつもとは違う帰り道。いつもとは違う路線。いつもとは違う景色を眺めながら、あまり座り心地の良くない椅子に二人並んで、ぎゅうっと握られた手と手をみつめて。
まるで逃避行みたいだ、と思った。


「先輩」
「うん」
「今日、アレしてないんスか?」
「アレ?」
「ほら、俺があげたやつ」
「ああ、うん。そうだった、付けなきゃね」


学校生活でつけていると確実に没収をくらいそうなアレ、をポケットの中から探り当てて引っ張り出す。きらりと光るシルバーのリング。彼の束縛の印でもあるそれを、絡んだ手を一旦離してからわたしは左の薬指にぐっとはめ込んだ。それを見た赤也が嬉しそうに笑うから、わたしもつい嬉しくなって笑ってしまう。


「なんか、すげー変な感じ」
「…なにそれ?」
「今、先輩が隣にいんの」
「昨日も一緒だったでしょ」
「うん、まあ、そうなんスけどね。だって今、こんなとこまで来ちゃってるし」


無邪気に笑いながら、赤也はわたしの隣でひらひらと手を振ってみせた。窓の外はいつの間にか薄暗くなった海を映し出して、わたしたちが家とは正反対の場所へ来ている事を思い出させる。
今日は勉強の息抜きにユカコと映画を観に行くから帰りは遅くなるって家には連絡してあるから安心だけど、まさかその相手がユカコではなく男の子で、しかも部活の後輩で彼氏だって知ったら両親はきっと開いた口が塞がらないくらい吃驚するだろう。家では男の子には興味ないって顔をしてるから尚更腰を抜かすんじゃないかな。


「今日、部活は良かったの?」
「あー、一日くらいいいんスよ。だって俺明日誕生日だし?先輩達が居なくなってから休み取りやすくなったかな」
「真田はそういうの厳しかったからねー。ふーん、ちょっとは寂しいんじゃないの?」
「うるさい先輩方がいなくなってせいせいしてますよ」
「ふーん、じゃあわたしもそうなんだ?良かったわね、うるさいマネージャーがいなくなって」
先輩はそんなんじゃないって」
「本当?ウソくさいからなあ赤也くんは」


ふざけて窓の方を向くと、焦ったのか「寂しいに決まってんでしょ!」と掴んだ手に力を込めてこちらに振り向かせようとする赤也の顔が映った。赤也をからかうのはとても面白い。いつもの余裕ぶった顔がどんどん崩れて、わたしに向けられるその目の瞬きが多くなるたびに優越感を覚えて、くすぐったくなる。


「ホントっスよ!どこでも会えるわけじゃねーし、帰りだって遅いから待っててもらうわけにもいかねーし」
「そりゃ、そうだけど」
先輩受験生だし、本当はこうやって俺が連れ出すのだって何か気が引けるんスよね」
「まあ、たまにはいいんじゃない?どうせ来年も立海だし」
「や、だけど先輩あんま勉強得意じゃないっしょ」
「なっ!それだけは赤也に言われたくない…」


剥き出しになった膝を擦り合わせて壁際に寄りかかる。敬語は使うものの、結構口が悪いのが切原赤也という男。


「ま、それは冗談っスけど」
「…そうしといて」
「そんなことより、明日、やっと追いつきますよ」
「うん」


ちっちゃい頃は、皆より遅れてるような気がして嫌だった。一足先に大人になっていく友達を見ながら、本当はそんなに変わりが無いのに、自分だけがまだ幼いような気がして。早生まれってどうしてこんなに損なのかと思ってた。
それが今はどうだ。
どうしてもう少し遅く生まれてこなかったんだろうなんて、そんなことを考えたりする自分がいる。


「数ヶ月の間は先輩と同い年っスね」
「そうだね」


窓の外を見ながら、わたしは絡めた手のひらを緩く握った。わたしの誕生日が来るまでは、ひとつ下の赤也とは少しの間だけ同い年になる。いくら同じ学校で歳の差を気にしないとは言っても、違う環境で生活するわたしたちにとってはひとつだろうがふたつだろうが、その差はやはり大きいもの。赤也にとってのそれは恐らく、わたしにとってのそれよりも遥かに大きいのだと思う。どれだけ赤也が追いかけてくれても、わたしは同じラインに立ってあげることができない。


「先輩、またつまんねーこと考えてる?」
「う、うん?何も考えてないけど」
「何も?俺のこと考えてくれてたんじゃなくて?」
「……まあ、少しは」
「少しだけっスか?」
「………いや、すごく」
「へへっ、やっぱり?」


マネージャーをしていたころからそうだった。赤也はわたしの顔を見て、大体だけど何を考えているのか当てるのが上手い。まあ、判ると言ってもこうやって雰囲気で気付く程度のものばかりだけど、それでもそれをこういう風に言ってしまえる赤也は、もしかしたらわたしなんかよりずっと大人なんじゃないかって思うことがある。


「俺ね、そういう先輩が好きっスよ」
「何、急に」
「自分で言うのも何ですけど、俺が前より丸くなったのも先輩のおかげみたいなところあるし」
「…そうかな?」
「喧嘩は嫌いなんでしょ」
「うん」
「殴ったりする男も嫌いでしょ」
「うん」
「俺、先輩に嫌われたくないんで必死なんスよ。ガキくせーし、かっこ悪いとこばっか見せてるからマジで余裕ねーし」


電車の窓がガタガタ揺れて、次の駅を知らせるアナウンスが頭上から軽やかに流れてくる。街に出てカラオケやゲーセン巡りも楽しいかもしれないけど、静かな海辺を散歩したいと言い出したのはわたしではなく赤也の方だった。


「あのねえ」
「はい?」
「わたしはそういう赤也だから好きなんだよ」
「え」
「ガキくさくてかっこ悪くても、いっこ年下でも、もし年上だったとしても、わたしはやっぱり切原赤也が好きなの」


速度を落としてゆっくりとホームに滑り込む電車。
顔を見て言えなかったわたしは照れ隠しにさっさと立ち上がって、鞄を掴んでそのまま降りようとする。ただ、立ち上がろうとしない赤也の手に引っ張られてそれは叶わなかった。俯いてわたしの手を握っている赤也は、数秒してからようやくのろのろ立ち上がると左でテニスバッグを抱えつつ、右でいきなりわたしの肩を抱いた。


「やっべ」
「なっ、何?どしたの?」
「……キス」
「は!?」
「すっげーキスしてえ」
「やだ、何言ってんの止めてよこんなところで!」
「降りよう、先輩」
「ちょっ、ちょっと待ってよ!鞄が落ちる!」


上げた赤也の顔は心なしか赤くて、つられてわたしも赤くなりそうで参った。
突然バタバタと走り出した制服姿の二人に向かって、近頃の若い子は…という視線を隠そうともせず向けてくるおばさん数人の横を通り抜け、名前もよく知らないような駅に降り立つ。いけないことをしているような感覚がじわじわと湧き上がってきたけど、背後のドアが完全に閉じてしまったらそんなことどうでもよくなっていた。


「行こう」
「…どこに?」
「ま、ここまで来たんだし、とりあえず海っしょ」
「うん」


そしたらキスさせてくださいよ、なんていちいち聞いてくる赤也が何だか無性に可愛い。人前は勘弁して欲しいけど、もうちょっと強引でもわたしは嬉しいのに。調子に乗られても困るのでそんなことは口に出さないけど、そう思っていることもきっと赤也には何となく筒抜けなんだろうと思う。
あと数時間、わたしを追いかけているのは彼。でも明日になったら、追いかけるのはわたしかもしれない。
追いかけっこは結構苦手。だから今、しっかり手を繋いで引き止めておこう。
追いつけないほどのスピードでホームを通り過ぎる特急電車を振り返って、わたしはひらり舞い上がるスカートの裾を押さえて笑った。










[Marble candy] 李花さまより


お祝いでも、DLフリーでもないのに貰ってきました赤也夢。
どうなんスか李花さん。
もうみんなで赤也にメロメロだってばよ(R&D効果絶大)。

たっきー夢をもらうか迷って赤也を貰って参りました。
李花の文はいいよね。
情景描写とかすごくやさしくて丁寧で綺麗だし(とても3人称と思えないよ)、
心の中もまっすぐ伝わってくるし。じんわりする。
赤也、すっごい可愛いです。かっこいいです。
「ガキくせーし」
って自分でいう赤也がすごくすき。
「すっげーキスしてえ」
ストレートな赤也もすっごくすき。
あと、マイペースなトコとかもね。
もう挙げればキリがないくらいリアルに赤也でさ…。
たまりません…!!

李花さんにはワガママきいてもらってありがとでした!
なんか、こんな風にコメントすんのも久々なんだけど
またすてきな夢をわたしに与えてやってくだっさい!
たっきーとかたっきーとかたっきーとか…(笑)。


[2004.12.22]